太郎ちゃんの家出
姪には、三つ子の子等と一人の子、要するに四人の子供がいる。その三つ子の中の一人の男の子の太郎ちゃんは少し足に障害を持っている。日常生活に不自由はないが、やや足を引くのである。彼は、普通の学校に他の二人の弟妹と仲良く登下校している、早いもので今や三年生になっている。
先日、久しぶりに姪に逢ったら、次のような話をしてくれた。
11月のある夜のこと、太郎ちゃんは、九時になってもまだ宿題をやっていなかった。いつもはのんびり屋の姪であるが、この日は太郎ちゃんに「出て行きなさい」と言った。すると、太郎ちゃんは素直というか、何を思ったのか、すうっと家を出て、玄関前で立ったりしゃがんだりしていた。
この情景を実況中継さながらつぶさに流してくるのは、二階の窓から心配して見ていた他の二人の弟妹であった。もう一人の子は小さいから、とうに布団の中でお寝みの時間であった。
10分程経ち、そろそろ家に入れようと思っていた矢先、
「ママ、パトカーが来たよ!」
「太郎ちゃんがパトカーに乗ったよ」と、大きな声が聞こえてきた。
姪が慌てて外に飛び出してみると、何と本当に太郎ちゃんがパトカーに乗っているではないか。肝を潰すというか、意味も分からずに驚くばかりで、何が何だか理由も確かめないまま、親子仲良くパトカーに乗せられ、警察に連行されて取り調べを受けることになった。
要は、児童虐待の可能性ありと見られたのだ。太郎ちゃんのTシャツの袖を捲り上げ、腕まで点検されたという。
姪はカンカンに怒り、太郎ちゃんと帰宅、次いで交替に姪の夫が呼ばれ、これ又、取り調べを受けた。
姪は、四人の子、それぞれ皆、可愛がっているが、一番大事にしているのは太郎ちゃんだという。障害があるから常時気になり、余計優しくなるというのである。二人の弟妹も同じで、時々喧嘩もするが、何時も労わりの心があり、優しくしているというのである。二人の姉妹も同じで、時々喧嘩もするが、何時も労わりの心があり、優しくしているというのである。もう一人のチビも加わり、四人仲良く健やかに育っているのが、姪の何よりの誇りとなっている。
姪は今だに怒っているが、冷静に考えてみると尤もな話であろうと思われる。何方か通りすがりの人が通報したのであろう。
この11月の寒空に何処か体のぎくしゃくした子が立っていたのでは、虐待と思うのも無理がないだろう。
実際、子供の虐待が大きな社会問題となっている昨今である。何回か通報を受けながら、遂には親の言い逃れから子を守れず、最悪の場合、死に至る場合まで時たまあるからだ。その時、警察は当然社会的責任が問われ、職務怠慢と言われることになる。
姪には気の毒であったが、子供を守るには今の世の中そこまでせざるを得ないというのが実情のようである。何とも暗澹たる思いのする話であった。
大騒ぎになったその晩、四人の子供への姪の迷セリフ。
「お母さんが出て行きなさいと言っても、出て行っては駄目なのよ。」
