立派な御主人様
梅雨の最中、薄給で建てた築20年の立派な家が雨漏りすると妻が言うのである。
「ここだ。ここが湿っている。」と騒いでいる。なるほど居間の一メートル四方位が薄黒く湿っている。
「むむ?」だからどうしたというのだ。妻の騒ぎようが解らない。よくよく聞いてみると、このまま放っておくと、土台が腐り、家が倒れるというのだ。「む・・・」、では倒れてから考えれば良いと思うのだが・・・。
すったもんだの末、妻に千歩も万歩も譲り、近所の工務店に頼むことになった。
これが意外や意外、北側の外壁の全部を取り壊すことになったのである。
夫婦して見積りも何も解らない工事と相成った。
妻は良い仕事をして貰おうと思ってのことか、大工さんのお茶汲みに精を出していた。
ある仕事休みの日曜日、予定より遅れているのか、大工さんが仕事をしているではないか。
妻がいつも通りお茶を運んだ後、どういう訳か私に1時間程立って見ていてと言うのだ。ま、仕様がないから一寸付き合ったが、板を張っている様だが、仕事の内容がさっぱり解らない。
面白くも痒くもないのだ。5分程我慢して家に入ると、妻が
「見ているだけで違うと思うのよ。手抜きしちゃいけないとか・・・。」
妻は「主人が毎朝出勤前に見てよくやってくれてるなあって感謝しているんですよ。」とか、ある日は、「主人がここんとこがもう一寸・・・と申しておりました。」
などと言っていると言うのだ。
いやあ、これには驚いた。話を聞いてみると、主人が主人がと頻繁に私を登場させているらしい。
ところが正直な話、自慢しても良いが、工事部分を一度も見た事も、こうして貰えなどと、言った記憶がない。
要するに何と妻は、私を騙っていたのである。とは言え、貶されたのではなく、まあ立派な主人になっていたのだから喜ばし
いことであろう。
そしてある夜、
妻は食い過ぎたのか、終に脳がおかしくなったのか、具合が悪いと早く寝てしまった。
それなのに、電話の呼び出し音が鳴った。
仕方がないから、私が出ると、例の工務店の男性の声であった。
「御主人様でいらっしゃいますか。むにゃむにゃもにゃもにゃ・・・。」
工事の話らしいが、私には関心が無いからさっぱり通じない。
仕方がないから丁寧に
「妻に伝えておきます。」と答えた。
「???」
そして、立派な御主人様は受話器を置き、おもむろに盃を空けた。
