私の救われる日
師走も中旬に入り、ぐっと冷え込んで霜柱が立っていた。
今朝、公園を散歩していると、銀杏落ち葉を懸命に掃いている60才位の男の人を見かけた。
「偉いですね。」と声をかけると
「これが終わったら、スクールゾーンで子供達の見送りだ。」と言う。何と見上げた人であろう。それだけで尊敬できそうに思えてくる。
この寒空に一時間も横断歩道の前に立ち、登校の子等に「危ないよ。気を付けなさい。」と言葉をかけ、見送るのである。雨の日も風の日もそして雪の日もあろう。土日祭日は休みと言うものの365日、大変なことである。正に頭が下がる思いがしてくる。
前述の男の人と比較のしようもないが、私も僅かながら国際交流会でボランティアをしている。留学生に日本の文化を伝えるために「浴衣」を着せたり、七夕を飾ったり、微力ながらお手伝いをしている。又地域の老人会の食事づくりをしているが、まだまだボランティアの真似事のようなものである。
常日頃、ボランティアには関心があり、児童の登下校の見送りということも勿論知っていたが、寒い、暑いと理由を付けて参加しない。他のボランティアも似たり寄ったりで、何か口実を設けている。愚かな話だが、正直なところ心の何処かで楽なことばかり考えているのだろう。恥しい話である。
人は人の為になってこそ、生きる意味があるというのに・・・。
私が救われるのはいつの日であろうか。
