みんなの愛
当たり前であるが、姉はいつも携帯電話を持ち歩いている。
以前にも書いたが、姪には三つ子と一人、計四人の子供がおり、姉にいつお呼びの電話が入るか解らないからである。
三つ子が生まれた時は、姪と姪の夫と姉は寝食を共にして頑張った。ミルクを飲ませることに始まり、おむつ取り替え、洗濯、予防接種などなど際限なく忙しく、とても姪一人でこなせる状態ではなかった。
学校に上がるようになり、手伝いの回数は減ったが、四人のうち一人が風邪を引けば、一巡して家族六人が罹る。当然、帰りの姉へのお土産は「風邪」と言うことになる。
携帯での呼び出しは病気の時だけでない。楽しいことも沢山あった。少し成長し、運動会、参観日、卒園式など、それに加えて、潮干狩りも芋掘りも花祭りも、数え切れない程のイベントがあった。
その楽しさの最たるものが誕生会である。三人の孫がこの世に無事に産まれて来た日のことを思い出す。こんなにも成長してくれたと思う時、決まって目頭が熱くなる、と姉は言う。
が、こうした日の中に、姉には喜んでばかりおられないことがある。少し足に障害を持った子が一人いるのだ。
ある日、[おばあちゃん、神様って何処にいるの?]と言ったという。
姉は、咄嗟のことで言葉が出ず、思わずただ強く強く抱きしめたそうである。
いずれその日が来るとは覚悟はしていたが、それがあまりにも早かった。
三年生、まだこんなに小さな体で、小さな小さな胸を痛めていたのだ。自分と他人(ひと)との違いがもう解っているのだと思った時、この子等と生きて来て一番辛い日であったと、姉は言う。
家庭では、いずれ大人になった時、一人の社会人として生きて行くのだからと、心では労わりながらも、変に甘やかしもせず、他の三人の子等と同様に育てている。
この子はとにかく読書が好きだ。いろいろなことを吸収する。本は人を育てる。そして周りのみんなが彼を支えてくれている。
両親の愛、三人の兄弟愛、そして先生の温かい眼差し、学級の友の優しさ、本当に有難いことである。
この子は、それに応えられる思いやりのある素直で明るい子になって欲しい。そして、強く自分の道を歩いて行ってくれることを信じてやまない。
